2012-03-12

宇宙、日本、阿佐ヶ谷-「ぼくらのよあけ」

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最近友だちに貸してもらった「ぼくらのよあけ」という漫画が面白かった。彗星が地球に接近するひと夏を過ごす少年少女と大人たちのお話。

ストーリーもさることながら、子どもたちの日常とそれを取り囲む進化したテクノロジーの描写がすごくよかった。もっと言うと、進化したテクノロジーが教育的観点から正しいあり方であろうとすると、子どもたちをガジェットを通して見えない糸でがんじがらめにしまうところ。さらに思春期にさしかかろうとする少年や少女たちが自らその糸をこじらせる具合がとてもリアルで、時々少しぞっとする感じすらした。

わたしは科学技術にどうこう言える程の知識はないし、時代考証的に正しい描写なのかは分からないんだけど、今自分が手にとれるものから想像しうる、ぎりぎり自分のいる場所からずっと先にいるのがぼんやり見えるような「2038年」という設定がよかったのかもしれない。でも、2038年にはまず間違いなく現在老朽化・取り壊しの話が進んでいる阿佐ヶ谷住宅は存在し続けていないだろうというのもわたしは知っていて、心のどこかでちゃんと「これはファンタジーだ」と思いつつ読んでいた気もする。

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つい先日iOS5.1が発表になり、iPhone4sユーザーは日本語対応したsiriを使えるようになった。「siriは便利だ、そしてなんだか憎めないキュートなキャラクターだ」という話が耳に入ってくる。わたしはiPhone4sを持っていないので、楽しそうで羨ましい。

作品内に出てくる「ナナコ」をはじめとした「人々の生活をサポートするためにかなり高度な知能を持った」小型の人工知能ロボットたちは、そのsiriを連想させる。もちろんその二つははっきりとした線で直接結びついている訳ではないけれど、わたしは手元にあるiPhoneを見て(ま、わたしのはsiriが入っていないのだけど)、この作品を読んで、「ああ、こういう世界に遠からず繋がっていくのかな」と思った。便利だな、悪くない、と思ったりもする。

その一方で、作品の中ではテクノロジーの進化によって人間関係における弊害が生み出されていることも描かれている。人間関係が全てデータ化・可視化されつつある世界。小学生の子どもたちも当たり前のように携帯のガジェットを通して複数のSNSアカウントを使いこなして暮らしている。2012年の今でさえSNS疲れは社会現象になりつつあって、うまく距離を取って行かないと大変なのに、2038年のSNS疲れたるやどんなものだろう。

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SNS疲れとは少し違ってくるが、会社のPCで、わたしはIPメッセンジャーを使っている。あんまり使ってはいないけど、使えるようになっている。わたしはそのメッセンジャーが日に日に苦手になっている。なぜならそれが完全に愚痴や陰口を言い合うためのツールになっているからだ。目の前と隣に座っている人たちが黙々とIPメッセンジャーで会話をしている。表立って言えない話だから、人に聞かれたらあまりよくない話だから、という理由で。嫌なことがあると、隣の席の先輩に小さなウィンドウが立つ。普段はおしゃべりな先輩が無口になると、黙ってその小さな小窓に向かって延々タイプし続けていることが最近増えた。

わたしはそれらのやりとりにほとんど参加しない。興味がないし、できればその愚痴の輪には混ぜてほしくない。社内における表層的な会話が発生する一次的な人付き合いだけで十分だし、二次的な人付き合いに対して業務中にわたしはリソースを割けない。他人の目線に耐えうる二重の顔を持つのはとてもエネルギーがいるからだ。

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作品に話を戻す。物語の中で、とある女の子がクラスの女の子との確執を起こす。クラスの女の子たちはみんな、うわべだけの人間関係に必死についていこうとし、同じような服を着て、同じようなものを食べて、常に気持ちは同じになくてはならない、常に周りの様子を窺い調子を合わせる。そこから少しはみ出した人を軽い「いじめ」のターゲットとして、誹謗中傷する。しばらくすると飽きて、次のターゲットを作る。そんなことを繰り返す。そんなクラスの女の子たちを、その子は「バカみたい」と思っている。

ある日女の子が携帯のようなガジェットツールを取り出すと、SNSのTLのようなところで自分のことを悪く言うやりとりがものすごいスピードで流れてくる描写があった。そのガジェットは、その陰口を運ぶ役割として、とても嫌な感じでその便利さを表していた。女の子は何とも言えない顔でそれを眺めている。今のわたしがIPメッセンジャーに抱く嫌悪感と同じような気持ちが、そこにあった。

思春期の女の子同士は難しい、さらにこんな人間関係を全部可視化するようなツールに囲まれたらどうなってしまうんだろうって思った。でも同時にすごくそこが面白いなとも思った。こんな環境で、どんな大人になって行くんだろうっていうことにとても興味がわいた。未来でどんなガジェットが使われているか、というより、どんな風に使って、どんな風に人の心に影響を及ぼしていくんだろうということをいろいろ考えさせられた。

今回のお話ももちろんよくできていて、面白かったのだけど、もし機会があればあの子たちの未来の話がもっと読みたいとそう思わせる作品だった。

本来作り手が描きたい本筋と外れたところで大いに興味を持ってしまったのだけど、とてもおすすめの作品。

 

2012-03-11

3/10-11

3/10 Sat.
よく眠った。起きたら11時になっていた。起きて、ジュノエスクのいよかんとくるみの入ったベーグルとヨーグルトを食べた。しばらくするとネットスーパーで注文した商品が届いた。瀬戸田レモンというレモンケーキがおいしかった。その後猛烈に胃もたれと吐き気に悶絶する羽目になったのだけど。

に、してもおすすめ。タカキベーカリーの瀬戸田レモンケーキ

http://www.takaki-bakery.co.jp/product/danish/1497.html

胃もたれと吐き気は薬で程なく収まったので、ぼちぼち家事を始めた。掃除、洗濯…といっても外は小雨が朝から降り続いていて外に干すことはできない。よってエアコンをつけて部屋干しした。部屋干しは本当に好きではなくて、なるべくやらずに済むように気をつけているのだけどぬきさしならない洗濯物の量が押し迫ってきたので、エアコン使用時の加湿器代わりに、と。

この日はとにかくのんびりしようと思っていたので家事も料理も全てのんびりしていた。途中で雨がほぼ止んだので近所のスーパーに足りないものを買いに行く。野菜が安いのが嬉しくて、結局ついいろいろと買ってしまったのだけど。ダイソーで台所用のハサミなど細々としたものも買う。帰ってからちんたらと野菜を切ってミネストローネを作って、それだけじゃ寂しいからってもやしと卵の中華炒めも作った。油っこいものは今は無理だということが午前中でよくわかったので、しばらく油分に気を付けた料理をしなくては。

ブラックロックシューターを見始めたのだけど、話の展開の奇抜さにびっくりしっぱなし。あと2話、目が離せない。どうまとめてくれるんだろう。

夜も早く寝ようと思っていたのに偽物語を見たらすっかり目が覚めてしまい、気が付いたら3時近くになってから就寝。

 

3/11 Sun.

9時に起きた。起きてからしばらく頭痛がしてうまく動けない。こういう時はさっさとメーディースン!ということでイブを飲んだ。すばらしく早く確実に効いてくれて、家事の処理能力が格段に上がる。天気がよかったので、布団を干し、洗濯機を3回回し、掃除して、米を炊いて、おでんを仕込んだ。 

 

14:46にはラジオを聞きながら黙祷。あれから1年。この1年は本当にいろいろなことがあった。世の中でのことはもちろん、自分個人としても試練の1年だったような気がする。でも、わたしたちはできる限りこの今の日常を積み重ねて生きていくしかないんだよな、と改めて思った。

身支度をして、自転車に乗って近所の公園まで散歩。外の空気が吸いたかったのだけど、もう1時間早く家を出ていればもっと明るい空が見られただろう。公園には親子連れ、犬の散歩をしている人がたくさんいて、いつ来ても穏やかな空気が流れていてとても気持ちが落ち着く。久しぶりに持って行ったカメラを片手にうろうろ。写真はうまいように撮れなかったけれど、少しずつまた写真を撮って行きたい。

帰って来てから、じっくり煮込んで味のしみ込んだおでんをひたすら食べる。ひたすらおでんを食べる。

帰りがけに買ってきたベーグルを味見のつもりでつまんだら止まらなくなり結局半分以上食べてしまって我ながら苦笑い。

小麦粉のものは自分にとってはすごく太りやすいのであまり普段摂らないようにしているけれど、胃腸炎の際になぜか米よりもパンが食べたくなり、そのまま食欲が落ちているのをいいことに毎日少しずつパンを食べ続けているので今わたしは完全に「パンの舌」になってるんだと思う。危険だ。

お弁当用にいくつか他におかずを作った。塩麹ともっと仲良くなりたいなあ、塩麹のピクルスのレシピを見かけて気になっている。今度作ってみようか。

最後にこのハニーオレンジ味のコパンはまことにいま一つだったことを謹んでご報告申し上げます。

2012-03-09

3/3-3/9

3/3 Sat.

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午前中は一通り家事。前日の夜から頭皮が何だか痛い。後頭部の皮膚がちくちくと痛む。ブラシも通すのにひやっとする感じ。調べてみたら後頭神経痛というものらしい。原因は疲労、ストレスがほとんどらしい。ここ数日職場のことでいろいろ考えすぎていたせいかもしれないな…と思った。

午後、川崎のTOHOシネマズにてロマン・ポランスキー監督「おとなのけんか」を観た。よくキャストを知らずに臨んだのだけど、主演4人の豪華さ、演技のうまさよ…。もともとは舞台作品を映画化したのだけど、すごく面白かった。その前の週に観た「生きてるものはいないのか」では舞台っぽい台詞回しを意図的に舞台っぽく撮っていたけれど、今回の作品はあくまで映画として鑑賞しうるように撮られていたように思った。ジョン・C・ライリーの声の大きいおじさんの感じ、J・フォスターのインテリなんだけどちょっと理想主義で面倒くさい人の感じ、クリストフ・ヴァルツの仕事第一で空気を読まない合理主義な感じ、よくデキた女感あるケイト・ウィンスレットの後半の超展開といい、絶妙!ポランスキーの力の抜けた作風もすてきだ。ウディ・アレンといいイーストウッドといいポランスキーといい、世界にはすごいおじいちゃん監督がいるものだ。

 

その後南武線の向河原にある「焼肉 北京」にて焼肉を友達と4人で食べた。リブシンステーキ盛り合わせというものを頼んだのだけど、もうド派手!祭り!各部位を焼いてそれぞれの個性を堪能できてとてもおいしいしかった。4人ぐらいだとかなりリーズナブル。何より友達と「おいしいおいしい」と言いながら話せるのはすごく楽しいし、幸せだなーと思った。ちなみに友達に今年のフジをどうするか聞いたところ迷ってるらしく、散々「でも行けば楽しいんだよなー」を繰り返した。

家に着いてから食べた「クランキー クッキー&クリーム」がとってもいしかった。焼肉の後のアイスの背徳感よ!

 

 

3/4 Sun.

友達とお昼に池袋で待ち合わせ。ナンジャタウンのピングドラムコラボメニューを食べに行こう!と集まった。ナンジャタウンって多分行くのが2回目ぐらいだったのだけど、アイスクリームシティだとかデザート共和国だとか餃子スタジアムだとか、小さい飲食店が密集したエリアがいくつかあって、今回のコラボメニューは各エリアの店舗に点在している。

とりあえず、ぱっと見て一番食べてみたいと思ったペンギン二号のジェラートをまず食べた。カシス味のアイスともも?味のアイスでおいしかった。すやすや寝てる2号ちゃんをぼりぼり齧った。

なので、チラシを見ながら場内をぐるっと回ることにした。本当はあれこれ食べ比べてみよう!と意気込んでいたのだけど、とにかく場内には飲食スペースとアトラクションがごちゃごちゃになっている上に小さな女の子から大きな女の子(とにかく女性がほとんど)がひしめき合っていて、だんだん見ているだけでおなかいっぱいになっていったのだった。結局コラボメニューはジェラートだけ食べて、アイスクリームシティの全国各地のご当地アイスがたくさん売っているところで熊本のいちごアイスを買って食べ、ナンジャタウンを後にした。グッズをもっといろいろ売ってくれたら買っちゃうのにな…と思ったり思わなかったりね!

池袋といえば、孤独のグルメでやっていた汁なし坦々麺のお店に行ってみたいと思っていて、東口から西口へぶらぶら向かった。が、タイミングが悪くランチとディナータイムの狭間でお店がお休み!でもこのままでは帰れない…っていうかなんかビール飲みたい!となりすぐ近くにある磯丸水産に入りつまみとビールで開店を待つことにした。やたら安いビールが本物のビールかどうか訝しがりながら蟹味噌の甲羅焼きや蛤を食べたりして結構それはそれで楽しんじゃったりして。

開店時刻になったので、よっしゃーと店へ向かうとほぼ満席!人気なんだなー。幸い席が少し残っていたのでなんとか入店して、焼き餃子・水餃子・汁なし坦々麺とキュウリと押し豆腐の和え物を注文。これが…おいしくてよ!餃子の皮は自家製でもっちもち。キュウリも完全につまみの味でビールにぴったり。しばらくして出てきた汁なし坦々麺はというと、…そんなに辛くない!というか痺れる!さねとしせんせいもびっくり!ヒー!でもおいしい!の繰り返しで、だんだん味覚がおかしくなっていくのが分かる。3人でシェアして食べたのでそんなに量は食べていないのにあの痺れようだから、一人一人前を食べてたらどうなってたか…というか辛さ控えめであれってことは、控えなかったら…と考えると恐ろしい。でもおいしいんだ。また行きたいんだ。

一日通してあれこれ食べたというのにまだ食べられたので、帰りに和菓子を買って帰った。金沢の和音のいちご大福と花見団子、おいしかった。

 

 

3/5 Mon.

お弁当の写真日記を始めた。前日に15分ぐらいで作った超手抜きメニューに「いいね!」がたくさんついてしまってなんだか申し訳ない気持ちに。

週末遊びすぎたのかだるだるの月曜日で、仕事もへんなミスをしてしまってたるんでるなーと反省。

帰宅後、フジロックの苗プリツアーの申し込み。今年のフジを行くか行かないか決められないあまり、滅多に当たらない「苗プリに当たったら通しで行く」という他力本願的な決め方をすることにしたのだ。苗プリは一生に一回はフジの時に止まってみたいし。苗プリに当たったらもうしょうがないし、っていう。自分の中における新婚旅行的なポジション。

 

 

3/6 Tue.
体調に異変が起きた。

朝から腰が痛いなと思っていたらどんどんひどくなって、ぎっくり腰かな?って首を捻っていた。前日変な姿勢でずっとお風呂でポッドキャスト聞いてたからかな?今まで痛みがなかった部位が痛い。

さらに夕方ごろから気持ちが悪くなり、突然ひどいだるさもやってきた。帰りの電車でももうガクーってうなだれてぐったりしきって帰宅。めずらしく食欲もない。食欲がないなんて、これはわたしにとって由々しき事態ですよ。わーごはんもパスして化粧だけ落として寝ようーって布団に横になったけど吐き気がどんどん強くなっていく。腰痛から始まった関節痛も全身に広がって寒気もひどい。辛うじてメイクを落として、ついでに根性で洗い物もしてって前かがみになってたら吐き気のクライマックスが到来。

久しぶりにスプラッシュマウンテンの最後の落ちるやつみたいな吐き方をした。「わーみんなからあんなに「いいね!」もらったお弁当ぜんっぜん消化できてなかったねー…」って思わず笑った。

熱がぐんぐん上がってその後2,3回吐いて胃が空っぽになったので脱水にならないよう水分を補給しつつ寝た。帰りがけにスポーツドリンクを買って帰ったわたしえらい。ピークは38.4度。インフルエンザのことを考えて下手に風邪薬は飲まないほうがいいだろうと一晩耐えることにした。

その日の朝、上司がインフルエンザにかかっていたので頭の中でインフルエンザ一択だったけど、思えば呼吸器症状がほとんど出ていなかったのだった。

 

3/7 Wed.
2時間おきぐらいに目が覚めて、夜中にピークになってから体温はずっと38度くらい。これで仕事に行くのは無理だと悟ってさっさと上司に連絡。もともと午後に休みを取っていたので午前も休みますって。上司はいつも7時ごろから仕事をしているのですぐ返事が来た。

新型だと迅速検査の結果は陽性が出るのに時間が掛かるって聞いたから病院に行くなら午後の方がいいんだろうか…とかいろいろ考えたけどとにかく体がしんどいのをどうにかしてもらいたくて病院に行くことにした。6時ぐらいからうなされていたから、さんざんうだうだしたはずなのに病院に辿り着いたのはまだ10時前だった。

マイコプラズマの時のお世話になったクリニックだと担当してもらった先生はその日担当ではなかった。そこでちょっと行く気がしなくなり、ネットで調べて評判のよさそうな別の病院に行ってみることにした。家からは歩くと12、3分かかるところで、自転車に乗る本当にギリギリな体調だったんだけど何とか乗れたのでよかった。マイコプラズマの時は全くまともに歩けずタクシーを自宅に呼んだよなあ、帰りにタクシーがつかまらなくてしんどかった。自販機で千円札入れて飲み物買ってお釣り取ってくるの忘れてわざわざ戻ったり、タクシーがつかまらないあまりなぜかコンビニでカットフルーツ買って道端で持ってまたタクシー探してちょっと泣いたよなあって思い出す。一人暮らしでの急病は本当につらい。熱で頭が回らないから訳わかんないことになりがちだし。

腰が痛くて背中を伸ばせないから競輪選手みたいにかがんでゆっくり自転車を漕いだ。平日の昼間の人気のない時でよかった。車や通行人が多かったらきっと何らかのトラブルが起こったに違いない。初めて行った病院は診察券のない変わったクリニックだった。名前や住所を紙に書いたのだが筆圧がコントロールできなくて字が乱れてて、うわーわたし具合悪いんだなって再確認した。受付のしっかりしてそうなお姉さんがちょっと怖い。病院の受付の仕事は昔何年もやってたから、少し見ているとどんなキャラクターでどんな配置でどんな仕事ぶりなのか分かる。というか病院がどんなところかも何となくわかる。自分がいたらやっぱりよく怒られるだろうなーとかぼんやり思って順番を待っていた。 まっすぐに椅子に座れないので、横向きに腰掛けて頭を壁にもたせかけるようにして待った。

診察室に呼ばれて症状を説明して先生がふむふむって聞きつついくつか質問して「インフルエンザの検査しましょう」ってあの棒を鼻に突っ込まれて検査。「ぼくの印象としてはウイルス性胃腸炎かなって感じなんですけど、周りに最近そういう人いました?カキとかの二枚貝食べました?」って聞かれてとっさに思い出せずに「ないです インフルエンザに会社の上司がかかりました」って答えたけど、先週部署で同じ症状の人が出てたの後で知ったし、そういえばその日曜日に食べたね。蛤、焼いて食べたね。十分焼いたつもりではあったけど。アー!ンモー!

そのまま15分ぐらい待って判定。陰性だった。ということで鎮痛解熱剤・吐き気止め・漢方ってことでブルフェンとナウゼリンツムラ柴苓湯が出た。本日は無理に食べるとかえってつらいからあんまり食べなくていいとのこと。ウイルスが体外に排出されれば終了なので翌日にはよくなるでしょうって。ウイルスには抗生物質は効かないから本当に対症療法なのだと知った。なかなかいい先生だった気がする。

帰りにコンビニで甘い紅茶とメロンパンを買って帰って薬を飲んで寝た。滅多に買わないものを買うのが体調不良の時の醍醐味よね。3時間寝たら熱が37.4度に下がって何より全身症状が引いていた。すごいなー。起き上がれるようになったのでその日締め切りのやりかけの仕事に引き継ぎのメールを書いて送って、職場に電話して検査結果を報告。インフルエンザじゃなかったと報告したら電話の向こうの声が1トーン上がるのが分かった。忙しくなるタイミングで周りに仕事をぶちまける形で感染症にかかるパターンのわたしの厄年は続く。本当にすみません。

胃腸炎なのにこんなに熱が出るのも関節が痛いのも頭痛がしつこいのも知らなかった。夜になって大分よくなったのでシャワーを浴びたら大分すっきりした。翌日は自分が担当している仕事の締め切り集中日なので全日休むわけにもいかないので午後から出るつもりで就寝。

 

 

3/8 Thu.
予定通り午後出社の連絡を入れ、午前中はなるべく休んで体力回復。でも洗濯物が雨に濡れようとしていたのでおちおち寝てもいられなくて、エアコンをつけて加湿器代わりの室内干し。

結構ぎりぎりまで寝てしまって慌てて支度。昼はドトールでも食べようかなーと思ったけど、肉類が厳しい胃腸事情により薬局でカロリーメイト他を買って持って行った。結局カロリーメイト半箱しか食べなかった。薬が切れると胃がむかむかしてあまり食欲がない。本当に珍しい事態。

出社したら自分と半日違いぐらいで上司が同じ症状でダウンしたことを聞いた。もう誰がうつしたのかもわからないから残った人たちは内心ひやひやしているだろう。いつもより手洗いとアルコール消毒をまめにしつつ、仕事が忙しかったので粛々とこなす。先輩に半分以上手伝ってもらってそれでも20時まで残業になった。これ一人で抱えてたらどうなってたんだろうなーと想像してぞっとする。

この日は特別なことがあった。彼氏が申し込みしたフジロックの苗プリが当たって、何度めの苗場か忘れちゃったけどようやく今年初めて泊まれることになったのだ。もう苗場で見られることはないと思っていたレディヘッドがやってくる年に、苗プリに当たった。わたしの本厄、いい当たり具合!かもしれない。

午前中病欠してたのに残業していたせいか、周りの人が優しかった。胃腸炎シンパシー、つよくかんじる!でもわたしはノーモア胃腸炎だ!

 

 

3/9 Fri.
仕事の山は越えた、というか崩して分担してもらったので大分楽な一日。薬を飲み忘れるとまだ胃が気持ち悪くて、食欲も普段の半分ぐらい。でも大分元気になった。

本当は今日行くのを楽しみにしていたお店があったのだけど、おなかは本調子じゃないので週末の予定は延期にしてもらった。残念だけど、一緒に行く人にもしうつしてしまったら悔やみきれないのでしばらくは慎重になろうと思う。

帰宅して、最近ほったらかしにしていた冷蔵庫の食材と向き合った適当な晩ご飯を食べた。

2012-03-09

2/24-3/2

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2/24 Fri.
仕事の後、バウスシアターで「生きてるものはいないのか」鑑賞。石井岳龍監督作品。染谷くんの目が昔亡くなった友達の目によく似ていて、懐かしい気持ちになった。いかにも舞台っぽい会話劇、素人らしさを隠さない素人演技、人がバタバタ死んでいくさなかで記号化される「死」、そして強烈にかっこいいラスト、すごく変な映画だなーと思った。二週連続でディストピア映画を観てしまったことに気づく。震災のことを思い出すかな、と思ったけど、そうでもなかった。しんどくならなかったのは、出てくる人たちが概ね圧倒的な感じで死に屈していて、「なんで?」とか「誰のせい?」とかそういう気持ちが全く適わない、不条理そのものな感じで感傷の付け入る隙がなかったからかもしれない。そういうこともあるんだ、と新しいことを知った気持ちになった。

 

2/25 Sat.

 

午前中に病院に行くつもりだったが、冷たい雨が降っていたので月曜に後回しにすることにして家でゆっくり過ごした。夕方から錦糸町のホルモン焼きのお店にごはんを食べに行った。退院後ビールが2杯までしか飲めなくなってる気がする。久しぶりに肉をたくさん食べた気がする。ここのレバカツがすごくおいしかった!友達がかなり酔っ払っていたのが面白かった。そういえば日ごろ集まる面々では誰かが羽目をはずしてどうの、というのが滅多にない。

飲んでいる間に話題に出た、人間関係における「いいハブ」「だめなハブ」の話が印象的だった。ハブらしさ。

帰宅後、胃もたれで眠れなくなる。

 

2/26 Sun.

引き続き家でゆっくりの日。おかずをたくさん作り置き。することがなくて暇を持て余していた。寒天を作ったらいい刻印(しるし)がついて楽しかった。久しぶりにパックをした。

 

2/27 Mon.
土曜日に億劫がって行かなかった病院へ傷病手当の書類を受け取りに行く。8時半から病院が開いていて、職場の近くだから始業時間にもゆとりを持って間に合った。

予定より早く生理が来て、おなかが痛くてロキソニンを飲んだ。サイクルが術後短くなっている。この痛みもついでに軽くなればいいんだろうけど、元々子宮はいたって正常だったからこれが病的ではない元の状態ってことなんだろう。ふかふかのクッションが剥がれおちる時の痛みは、卵巣の着床の準備が今回も空振りに終わった痛みってことなんだよなあってしみじみしつつも、やっぱり痛いものは痛い。妊娠することが女の喜びなのかよーと反発する気持ちがなくもないけど、生き物として、早く妊娠することでアドバンテージを持てたり、問題が解決したり、病状への猶予が与えられることがあるということを最近意識したから、意味もなく機能を持っているわけじゃないんだと思ったり。いろいろな矛盾を抱えつつ、おなかを抱えつつ、今月もやりすごす。

 

2/28  Tue.

記憶にないため割愛。

 

2/29 Wed.

大雪の日。帰る頃にはやんでいた。家の周りはたくさん積もっていたが、大家さんが雪かきをしてくれたようで、雪の日にいつも凍ってすべるアパートの階段には何も残っていなかった。ネットスーパーで頼んだ商品が20-22時に到着するので、それまでにお風呂…と思ってばたばたお風呂と食事を済ませたら20時過ぎにはやることがなくなり、そういえば妙に疲れているし頭痛もする。ということで結局21時すぎには布団に入った。

 

3/1 Thu.
体調が悪い上に職場で愚痴をたくさん聞かされたので、定時に上がったくせにくたくたになって帰った。にんじんしりしりをお弁当のおかずで一品追加して10時には寝た。

フジ第一弾発表の日。レディオヘッドは3日目かー。行くべきか、我慢するか悩む。サマソニもなかなかどうしていい面子で行きたくなったり。

 

3/2 Fri.
カヌレが食べたくなる。本当は小田急の「うまいものめぐり」に行ってみたかったんだけど、混雑してるらしく、会社帰りにパン屋で買って帰ろうと思い立つ。職場から歩いていけるところにPAULがあるのを知ったので、寄り道。家について半分だけ食べてみたらふんわりと洋酒の香りがして、しつこくない甘さでぺろっと食べられる。おいしかった。PAULのイートインもそのうち入ってみたい。

 
2012-02-19

気がついたら退院して2週間経っていたー

2/2に予定より2日早く退院した。1週間自宅療養のち、2/9から職場復帰した訳なんだけども、結構な頻度で「う、うまくいかない…」と思わされることが多くてしんどかった。特に今週は久しぶりの5日出勤で、途中で風邪を引いてしまい、半休を取ってつまづいてしまったほど。中央線の通勤ラッシュが物理的にも精神的にも大きな壁となって立ちはだかって、「引越し」の3文字も何度か脳裏にちらついた。休んでいる間にゆるんだネジが巻ききらず、仕事もミスをしたり効率が悪かったりして反省だらけの一週間。

それでも経過は順調で、おなかの傷も多分すくすくと治っている…と思う。おなかが痛くてつらい時も数えるぐらいになったし、階段を上っても息が切れなくなった。ラッシュも10分家を早く出て各停で途中まで行けば何とか座っていけることが分かった。もう来週以降は大丈夫だと思う。おそらく。

そんな感じで先週今週は自分の足場を見直して、いつもよりゆっくり慎重に事を進めるような感じで過ごしていた。そんなにしんどくもないしほぼいつも通り、と思っても実際は「いつも通り」じゃなかったんだなーってつくづく思った。

おなかの中のドラゴンボール2つがもうないっていうか実感としてあまりよく分からない。PMSも楽にならないのかなあ…って期待しているけれど今のところあまり変化はなさそう。

昨日、退院後診察があった。問診と内診。自分でも心配はしていなかったけれど、摘出したものの病理検査の結果は良性、傷口もきれいになりそう、体調を含めた経過は順調で、もういつも通りの生活を送ってよいとのこと。時折突き刺さるようなおなかの痛みがあるのは、縫合の際に引っ張った周辺の臓器がひきつれて痛いのだろうとのこと。まださすがに全力ダッシュはできないし、早足でしばらく歩くとおなかが痛くなってくる。でもこれも徐々に良くなっていくとのこと。

わたしのからだの特別な時間は終わったんだなーって思った。長時間のフライトお疲れ様でした。あとは日常へうまく着陸していきましょう、と。

ただ診察の最後に先生からこんな話があった。「あなたの卵巣は二つとも残っています。特に左はきれいに腫瘍とを分離することができた。今も卵巣がちゃんと機能していることがおそらく確認できます。でも、右と左の両方がきちんと機能しているかを把握するのは難しいんです。だから、もし子どもを産むならなるべく早い方がいいでしょう。今回僕は、再発防止を第一というより、卵巣の温存を第一に執刀しました。だから、今後再発する可能性もなくはない。その時、もし再発した時に、「二つとも残っているんだからじゃあ左を切除しましょう」と言う風には安易に考えないでほしい。しっかり残っているのは左です。その左を取ってしまったら、妊娠できる可能性が減るかもしれません。だから、子どもを産むなら、再発する前になるべく早くがいいと思います」先生はこうも続けた「やっぱり、手術をして、ちゃんと残すことはできたけど、じゃあ今まで通りっていう訳にはいかないんです」

「今まで通りっていう訳にはいかないんです」という言葉が胸に刺さった。

 わたしは何かをちゃんと決めなくてはいけないのかもしれない。今すぐにではなくても、いわゆるタイムリミットを設けるような形で答えが求められるのかもしれない。でも今自分の状況はすごく、妊娠やら出産やらを考えるには人生のステージ的に離れたところにあって、うまく想像ができない。赤ちゃんが欲しいという切実な願いも、正直なところ、ない。

言われたことを受け止めきれず、ぼんやりしながら近くにある丸香でうどんを食べて帰った。カレーうどん、思ったよりずっとスパイスが効いていて、目が覚めた。

 

以下、最近の出来事

・2月某日

 

久しぶりに「ロック食堂」に行った。相変わらずガラガラで心配になるけど相変わらずのおいしさ。とんぶりと蒸し鶏のマヨネーズ和え、キャベツのレモンしょっつる和えがおいしかった。

 

・2月某日

塩麹を仕込んだ。うまくできるだろうか。

 

・2月某日

 

近所のケーキ屋Graceでいちごのケーキを食べる。すーごーーーくおいしかった。幸せ!!!ちょっと高いので、次はテイクアウトでお茶代を浮かそうと思った。

 

・2月某日

  

手作りの寒天を黒蜜ときな粉で食べるブーム到来。白玉も作った。しまいには黒蜜も自分で作ってしまった。

 

・2月某日

近所の定食屋「坂本屋」で念願のかつ丼を食べた。わーー今まであんまりかつ丼って食べてこなかったけど、間違いなく今まで食べた中で一番おいしい。他のメニューも豊富でいろいろおいしそうで目移りしてしまったので、次はオムライスを食べてみたい。

 

・2月某日

タラちゃん絶賛の「アニマル・キングダム」鑑賞。「えー…なんか不穏」→「えーこの人たちって…」→「うわー…なんかしんどい」→(ラスト)「!!!」 観るものの想像力を掻き立てる、極力説明を抑えた演出にしびれた。

 

・2月某日

 

仕事の後六本木シネマートに「宇宙人ポール」を滑り込みで観に行った。ポップコーンとビールを片手に観たくなる映画で楽しかった。実際は緑茶と「おやつコロッケ エビフライあじ」。映画の後にタイ料理を食べに行った。最近気がついたんだけどタイ料理を食べたくなる頻度が上がってる。週1ぐらいでも食べたい。

 

・2月某日

 

昼間、西荻の雑貨屋を巡る。夜に同じ日生まれの二人の友達の誕生日祝いの会があるので、それに向けたプレゼントを探しに行った。FALLと六貨でそれぞれ見つけられたのでよかった。

夜、「のらぼう」で食事会。相変わらず全部おいしくて幸せだった。退院祝いと称していろいろプレゼントをもらってしまって申し訳ないやらありがたいやら。

 

・2月某日

   

お昼に「オーケストラ」でサグチキンカレー。たまには他のも頼もうと思いつつ結局これに落ち着いてしまう。いつも食事だけなんだけど今回初めてデザートも追加で注文した。キャラメルのロールケーキおいしかった。次はアップルパイだ。ぶらっと吉祥寺まで行って、久しぶりに井の頭公園を散歩。体が冷えてきたので、藤村女子の近くにある「茶の愉」でお茶。お茶って言うかパフェ。ほうじ茶パフェもおいしかったんだけど、きちんと淹れた紅茶を飲むのが久しぶりでそれがおいしかった。

 

・2月某日

仕事の後、イーストウッド御大の新作「J・エドガー」を観に行った。すばらしかった。撮影、演出、キャスティング、音楽、このクオリティ。この人の映画がほぼ年1ペースで観ることができることの幸せを毎年かみしめている。それと、わたしは昔よりディカプリオさんが結構好きになっているのかもしれない。おじいちゃんメイク、よかった。ウィンクルボス兄弟の人の老けメイクは、ひどかった。

 

・2月某日

渋谷にてラース・フォン・トリアー新作「メランコリア」鑑賞。いつも観た後必ず苦しい嫌な気持ちになるのに今回はならなかった。ひたすらキルスティン・ダンストを眺めていた。みんなに観ろとは言わない、観たい人だけ観ればいい。ただ、観るならスクリーンで。それと画面酔いしやすい人は注意。

   

映画の後は富士屋ダイニングであれこれ食べた。めでたくビール解禁。久しぶりのビールは2杯でもういいやってなった。

 

・2月某日

 

彼氏の家の近所の中華料理屋で昼ごはんを食べた。久しぶりに食べた五目そば、とんでもなくボリュームが多かったけど、おいしかった。その後帰り道ちょうど近所の友だちから連絡があり梅肉エキスと梅干し、そしてミッフィーのお皿を譲ってもらった。いちご大福もついてきた。ありがたかったし、おいしかった!

 

2012-02-04

入院の記録 その後

2/2に11日間の入院を終え退院しました。職場復帰まではもうすこし。

 

 

1/29 Sun. 術後4日目

 

午前中、洗髪の許可が出たのでいそいそと洗いに行く。すごーーくさっぱりして気持ちがよかった。その後、洗濯し、乾燥機にかけたりしているうちに午前中は終わった。浴室も洗濯機も乾燥機も全て共有で順番なので、どうしても待ち時間が発生して、少しのことをこなすだけであっという間に時間が経ってしまう。

この日は午後から昔の友だちが会いに来てくれた。何年ぶりだろうか。少なくとも5,6年は会っていない。わたしが今までの人生で一番ひどくだらしのない時期に友だちでいてくれた人。今は実家を出て一人暮らしをして、それなりに会社勤めもきちんとこなしているというのを知ってとても感慨深そうにしていた。離れて過ごした時間の間に起きた出来事は本当にいろいろあって、お互い大分違う立場になっているけれど、今も変わらずしょうもないことで笑って話ができるのは嬉しかった。会いに来てくれてありがとう。

この日は夜ごはんにたこ焼きが出た。夕食後は「フォー・ルームス」を観て笑って傷口が疼くのを堪えた。

 

 

1/30 Mon. 術後5日目

 お花をもらったので窓際に飾った

朝一で採血。その後のドクターの朝の回診でステープラを抜鉤。痛かったー。ズキズキしたのでしばらく動けず横になっていた。

昼ごはんにはカツサンドが出た。ちょうど一週間前、入院初日にも串カツが出たので、月曜日はカツの日なんだろうかと思った。ボリューム満点でおいしかった。何気なく添えられていたピクルスが、お店で食べる瓶詰めのピクルスの味でしばらく存在を忘れていたファストフードのことを思い出した。

前日途中で消灯時間になってしまった「フォー・ルームス」を最後まで観て、その後ガイ・リッチー監督「リボルバー」を観た。普通のクライムアクションなのかと思って観てみたら「おいおいおいおい…」ってなって、意外だった。あれどうだったのー?!と観た人の想像力をかきたてる終わり方は嫌いじゃない。

このあたりから退院はいつかと気にするようになってくる。

 

 

1/31 Tue. 術後6日目

 

ついにシャワー解禁。でも洗髪解禁ほどのインパクトはない。湯船につかりたいのだけど、それは当分先になるのが悲しい。

持参したシャンプー類が切れて来たので地下の売店に買いに行く。普段から牛乳石鹸で身体も顔も洗っているのだけど、牛乳石鹸の赤って普通の薬局でもあまり見かけないのに、品揃えの限られている売店で取扱っていてうれしくなった。アタック分包も1ケ25円。

この日術後初めて階段の上り下りに挑戦する。さすがに途中で少し息が上がってくらくらしたけど案外いけるな、と思った。

DVDで「マチェーテ」を観る。むやみやたらに豪華キャストなのに驚く。マチェーテがやたらモテるのにも驚く。シリーズ化決定してるのにも驚く。

夕方、ふらっと病室にやってきたドクターをつかまえて、退院日の相談。予定では2/4だったが、もちろんそこまでいる気はない。ごはんおいしいけれど、ここのところどんどん時間を持て余すようになって来たからだ。病院はやっぱり病人がいるべきところで、健康に近づけば近づく程その暮らしからはみ出しがちになるのだと思った。もちろん、それはとてもいいことなんだけど。

ドクターはしばし逡巡した後、2/2の退院許可を出してくれた。退院診察と腹部レントゲンもその日程に合わせて前倒ししてもらえることになった。

 

 

2/1 Wed. 術後7日目

 

寝言で起きた。毎朝朝食の後にシャワーに入る習慣ができてきた。午前中に腹部レントゲンを撮りに行った。患部の術後の経過を診るためだ。昼ごはんは天ぷら蕎麦。蕎麦は少しのびちゃってたけど、久しぶりの蕎麦、おいしかった。

食後、何だか体調が少しよくなくて、落ち着いたはずの微熱がぶり返していたり、だるさがあって、珍しくベッドでずっと横になっていた。夕方、ドクターに退院診察で呼ばれる。術後初めての内診。えーそれは痛くないのか!切ったばっかり!ととっさに不安がもたげたけど、プローブが直接卵巣に触れる訳でもないしね…。ドクターは微熱とだるさを心配していたけれど、わたし個人としては高温期のPMSの一環と考えていたのであまり不安はなかった。念のため退院日の朝に採血して、CRPなどチェックしてからの退院の許可が出ることになった。

 

 

2/2 Thu. 術後8日目

   

朝一で採血。結果が11時前ごろに出て「帰っていいよ」とのお言葉。退院後は、約一カ月ほど飲酒不可、自転車の運転不可、5キロ以上の重いものを持つのも不可、入浴も10日ほど不可、と言う感じ。退院後の療養日数は具体的に指示がなかったのだけど「一週間ぐらいがベターと僕も考えます」。「実際に家に帰るとやることが多くて無理をしてしまい想像以上にくたびれてしんどかったりするので、くれぐれも無理をしないように」というのはドクター、ナース双方から何回も言われた。

入院生活最後のごはんはドライカレー。おいしくてあっという間に平らげてしまった。食器を下げる時、同じオペ日だった患者さんと挨拶。「退院後診察の日、わたしも同じ日に調整してもらおうかしら」なんて言っててお茶目な人。

昼過ぎ、家族に荷物を運ぶのを手伝ってもらって帰宅。駅から10分歩くのも結構くたびれる。でも、何とも言えない解放感、落ち着いた気持ち。家に帰ってきたー!家族にも家事を手伝ってもらいつつ、洗濯・掃除・片づけ。張り切り過ぎたのか、おなかが痛かった。

ドクターからは「三食自炊しようと思わないでください 今はまず無理です」と言われたので、とりあえず夜はどこかに食べに行こうと思って、タイミングが合えばということで友だちにも声を掛けたら一緒に行けることになった。どこに行くか迷った挙句、久しぶりのロック食堂へ。きりたんぽ鍋、とんぶりと蒸し鶏のマヨネーズ和えといったいつもの料理もさることながら、今回初めて頼んだキャベツのレモンしょっつるサラダがとてもおいしかった。友だちがぐびぐび飲むビールがとってもとってもうらやましかったけれど、我慢。

お見舞いでいただいていた「閉鎖病棟」読了。いい本だった。母親が読みたそうだったので、そのまま貸す。

 

 

2/3 Fri. 自宅療養1日目

 

前日に引き続き、家事。病院にいる間ネットであれこれ頼んでいたものが続々届く。五穀米、ドライフルーツや日用品、レンタルDVD。掃除洗濯はできるのだが、なぜか自炊をする気になれず、自堕落なものばかり食べてしまう。炭水化物のとり過ぎに気がついて、ますます落ち込む悪循環。どこかしら気を張っていた部分がゆるんだのだと思う。身体にメスを入れること、臓器の一部を摘出すること、全身麻酔をかけること、また手術前後に体内を空っぽにすることはやはり身体の負担が大きいことなのだと思う。

節分なので、前日友だちからもらった豆まきセットの豆をぼりぼりと食べ、スーパーで280円で買ったネギトロ入りの恵方巻きを食べた。太巻きおいしかった。久しぶりのネギトロよー好きだ―。

きちんとした物を食べなかったせいか体調も悪くて、早々に布団に入るも悶々としてしまい眠れず、マイナス思考のるつぼにはまってしまった夜。ホルモンバランスの乱れはないと言われたけど、やっぱり乱れてるんじゃないかとも思う。

 

 

2/4 Sat. 自宅療養2日目

病院では毎朝6時半に起こされていたのが、あっという間に朝起きれなくなっていく…。

午前中は調子が上がらなかったのもありドラマをだらだら見てしまったりして、ものすごく怠惰に過ごした。

午後に炊事掃除洗濯の後、近所を散歩して買い物。食材はネットスーパーで大量に買い込んだのでしばらく要らないのだけど。

今日作ったのはトマトとチキンのスープと、五穀ごはん。保存食。

本屋で地元特集の散歩の達人と「うどんの女」を買い、スーパー肉屋八百屋をはしごして帰宅。歩くスピードがいつもの2/3程度なので少しの距離でも1時間あっという間に経ってしまう。

帰ってから、以前買っておいた「とんこつ醤油鍋のもと」を使って鍋。味は、うーんまあ、こういう感じかーーーと思った。キャベツではなく白菜を使ったから水っぽくなってしまったんだろうか?

傷口がもっこりしているのが気になる。傷口の下は少し硬い。痛みが長く続いているので、やはり痛みどめを処方してもらってから退院すればよかったと少し後悔している。

 

2012-01-28

数日前に卵巣嚢腫の摘出手術を受けました。大きさは左右ともに約10cmと、事前に聞いていた大きさよりも大きくてびっくりしましたが、ほぼ良性だろう(病理検査で最終的に結果が出ます)とのことで、癒着も少なく卵巣も残すことができました。経過も良好で、1日ずつ自分の身体が回復していくのを実感しています。

周りの方々には心配していただきずっと温かい声を掛け続けていただきました。この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。

以下、入院前からの覚え書き。

 

1/22 Sun. 入院前日

 

しなくてはならない家事や不在にするための片づけと微熱による体調不良、入院準備などでかなり手いっぱいになりながら夕方までばたばたしていた。夕方からは友だちの合同誕生日パーティーのため、六本木へ。ここのところご無沙汰していた友だちにたくさん会えてうれしかった。音楽を大きい音で聞いたのも久しぶりだった。イベントの計画や誕生日ケーキや思い出MV(これが超いい写真ばっかりでぐっときた)を激務の間をぬって友だちが準備していたのかと思うと胸が熱くなった。わたしは翌日のことを考えて少し早めにお暇して帰って来たのだけど、帰り道ずっと気持ちがあたたかくて早足で駅まで歩いた。

 

1/23 Mon. 入院1日目

 

10時に病院にチェックイン。入院は3度目、8年ぶり。手術は初出場。部屋に着いてそわそわしていると検査を受けるよう話があった。採血と出血時間の検査、尿検査、下腹部エコー。その後麻酔医の説明や栄養士からの説明などがあった。映画は「イリュージョニスト」「狂っちゃいないぜ」を観た。昼は常食で串カツなどが出た。夜は低残渣食で消化のいいものを中心に。下剤としてプルセニドを処方され服用。

東京はこの夜大雪が降った。夜中トイレに行った時、寝静まった病棟のすみっこからそっと外を見たら真っ白だった。

 

1/24 Tue. 入院2日目 手術前日

 

引き続き朝昼と低残渣食。ナースステーション前の術前術後用の大部屋に移動。オペ室担当ナースから手術当日の流れの説明があった。微熱が37度から37.7度まで上がってしまった。夜からは絶食、21時以降は絶飲食。

この日には大きな出来事があった。夜、急に担当医に呼び出されたかと思ったら「申し訳ない。僕は体調を崩してしまいドクターストップがかかってしまい、明日のあなたの手術を担当することができません」と言われた。頭の中が真っ白になり言葉を失っていると担当医は淡々と事実を話し続け、「これから急いで代理執刀する医師を探すが、皆スケジュールが詰まっていて難しい」「あなたも日中熱発しているしお互いベストのコンディションでの手術が望ましい」「そうなると手術は延期になる可能性が高い、いったん退院してもらい●月●日の外来を予約するので改めて相談したい。ちなみに現在良性枠で空いているのは3月●日で…」「あなたは良性だから数カ月手術が延期になっても大丈夫」「とりあえず明日の朝9時に最終決断をします」

なにをいってるのかわからねーとおもうが…。

部屋に戻って茫然としていたが、具体的にどうすればいいのか?休みの手配はどうするのか?延期になるとして、入院費は重複してわたしが負担するのか?欠勤した分も自分が全部負担するんだろうか?全部病院の都合なのに…それより何より、あと2カ月も放っておかれて、症状もそうだが精神的にもつのだろうか?あの先生は腕はいいんだろうがあの言い方はない、信頼できなくなった。転院するならどこがいいんだろう、時間はどちらの方が早いんだろう…と考えていたら段々と怒りが湧いてきて「それどう考えてもそれ納得できないよねー」となりナースステーションに行ってナースと話をした。ナースもさすがに同情したのだろうが表だって批判するわけにもいかず「まあとりあえず明日の判断を待ちましょう」というような対応。ちなみに熱はいつの間にか引いていた。

その後、昼間飲んだマグコロール(水に溶かして飲む、少し甘い)の効果がその後出て来たのだが、下剤に慣れていないせいかトイレで気分が悪くなり嘔吐して部屋に戻れなくなりナースコールのお世話になった。駆けつけたナースに車椅子で引きずり出してもらい横になって氷を舐めさせてもらった。ちなみにその翌日のグリセリン浣腸でも吐きはしなかったもののやはり気分が悪くなったので下剤はすっかり苦手意識ができてしまった。

頭がぐるぐるになっていたところに神のタイミングでおなかがぐるぐるになってそれどころではなくなってその日は終了。

ちなみに予定通りであれば翌朝5時半に浣腸だったのだけど、状況を鑑みてナースが担当医に掛け合ってくれて手術の実行が決まったら行うことになった。ありがたかった。手術が中止になったら、おなか下し損だもんね。

 

 

1/25 Wed. 入院3日目 手術当日

同室の同じ手術日の人たちが早朝次々と呼ばれ浣腸の儀式を受けているのをぼやけた意識の中で聞いていた。絶飲食中なのでもちろん朝食もなく、気持ち的にももやもやしたまま朝9時を待った。すると師長と手術の副担当のドクターがやってきて、話をしましょう、と。カンファレンスルームで「手術は僕が担当することになりました。可能性としては、本日と来週の月曜日です。どちらに決定するかはもう少しお待ちください。」と話があった。もちろん今日受けることを希望する旨を伝え、手術計画の再確認。担当医よりも細かく手術時のリスクの説明があった。どれも知っていることではあったが、とても丁寧な先生だと思った。

面談を終え部屋に戻ってしばらくすると再び師長がやってきて、「では今日手術を予定通り行います」と。よ、良かったー!!!何このプロレスイベント。代わりの執刀医が、言っていた。「医者もね、こういうことがあります。にんげんだもの。」 いざ言われると何か身体の力が抜ける。

その足で点滴を入れてもらいに行き、もうしばらくしてからグリセリン浣腸を受けた。グリセリン浣腸については既に述べた通り。トイレから脱出した後廊下のソファでぐったりしていたら通りかかったナースに回収されて部屋へ戻った。ナースの間のわたしのあだ名はきっと「オペリスケ寸前下剤貧血」に決定。

13時前に母親がやってくる。簡単にトラブルの経緯を説明。いろいろあったけれど予定通り手術を受けることになった、と。「一回も診てない先生なのに大丈夫なの!?」と心配していたが、まあ救命医なんかいつもそうだし、どうにかなるんじゃないかなー。医長だし。検査データも全部揃ってるし。なにより、わたしはこのドクターのことを信用するほかないのだ。

14時過ぎ、前に手術を受けた同室の人が手術完了したという連絡が漏れ聞こえてきたので、そろそろだと思った。渡されたオペ着に着替え、血栓予防の加圧ソックスを履く。エメラルドグリーンに白いタイツ、ピーターパンのよう…と思いながらオペ室まで歩いて移動。オペ前は普通に歩いて移動する。昔病院に勤めていた頃にもオペ室は入ったことがなかったなーと思う。オペ室はがらんとしていて広く、テレビドラマなどで見るような風景そのままで、天井から複数の大きなライトと中央にベットがある。部屋はひんやりと冷たく、徹底して清潔にしてある部屋独特のにおいがした。オペ室のプロたちはプロの笑顔でわたしを迎え、間違いのないよう手術への準備に取り掛かる。わたしは緊張していたかと言うとそうでもなく、なぜならオペ室のプロたちはプロ中のプロであるのを知っていたし、前述の通りわたしはドクターも信用することに決めていたから手術に対しての不安はあまりなかった。事前にリクエストしていた術中の有線がちゃんと「ゆったりめの洋楽」になっているか、そして誰の曲かを確認してから意識を失おうと耳をそばだてていた。てきぱきと手順が進められ、わたしの口に酸素マスクが当てられる。手術は全身麻酔のみのため、すでに入れている点滴に麻酔薬が入れられる旨が伝えられ、それを聞いている間に意識を失った。意識を失う直前に聞いていたあの男性ボーカルは結局誰だったんだろう…バックストリートボーイズみたいだった。手術室にこだまする甘い声がおかしくて、わたしはきっとちょっとにやけながら寝ていたに違いない。

短い夢を見ていたような気がする。もやのような意識の向こうから自分に投げかけられる言葉が聞こえてきた。多分手術が終わったので部屋に戻ります、みたいなことだったと思う。ストレッチャーで運ばれるガタガタとした振動を全身で感じながらゆっくりと天井の景色が変わって行くのを見た。ベッドの周りで母親が動いているのが見える。「寝ているので、帰ります」。「即かよ!引き上げ早いな!」と思ったが目が開かず声にもならない。

しばらくすると、おなかだか腰だかが猛烈に痛くなってきた。ここらへんは時間の感覚がなく、時計も見られなかった。おなかと腰がとにかく痛いけれど寝がえりもままならず、以前教えてもらった「なんとか位」を思い出してやってみたり、ひとしきり痛みと戦った。睡眠を断ち切るかのように定期的な吐き気がやってきた。うとうとしている間はなぜかずっと「一文字大喜利」の夢を見ていた。「5!」「5人の男たちが……」みたいな調子で延々爆笑問題がお題からネタを繰り出し続ける。やめてくれー!大喜利は好きだけど今日はいい。「夢!」「夢の話は●●と言いますが…」勘弁してくれー。今思い出すと大分面白い。 

その晩は37度台の熱と、延々続く緩やかな嘔吐と患部の痛みでほとんど眠れなかった。ナースは30分おきに巡視に来て、代わる代わる同室の3人の様子を見ている。どうですか?、血圧測りますね、酸素調べるので指一本ください、左側で体温測りまーす…どうですか?血圧、酸素濃度、体温…どうですか?血圧、酸素濃度、体温…。同室の人たちもこの音聞いてるんだろうな…と思いつつ、止まらないこみ上げる胃液。暗くてよく見えなかったが、茶色かった。唾液を飲み込んでは吐き、飲みこんでは吐いた。吐き気止めの点滴も安定剤の点滴も効果がなく、最終的に吐き気止めの坐薬(ナウゼリンだろうか)で決着がついた。その頃には病室はうっすらと明るくなっていた。朝がやって来たのだ。朝が来ると、わたしの戦争は終わったような気がしてすごくほっとしたのを覚えている。

 

 

1/26 Thu. 入院4日目 術後1日目

おなかと腰の痛みを少しずつ体勢を変えてやりすごしながら寝ていると、ナースがほかほかのタオルを持ってきてくれた。肩や背中にあたたかいタオルをあてがってくれる。反射的に「あーーーーー」と声が出る。とても気持ちがよかった。全身をふいてくれ、点滴のチューブをつけたままの着替えを手伝ってもらった。着替えるととてもさっぱりして生き返ったような気持ちになった。

手術の翌日から早期離床を目的とした歩行開始がある。今はケロっとしてるけど、この時はベッドに足を掛けて座ることすら大変だった。足を掛けるのに1ステップ、座って身体を起こすのに1ステップ、立ち上がるのに1ステップ、立ちくらみがあったら最初に戻ってしばらく休憩。段々慣れて立ち上がっても生まれたての子牛のようにならなかったら、ゴーサイン。部屋を移動して、大部屋に戻る。

身体が重い。おなかがすごく痛い。点滴が邪魔だし腕が何となく痛い。部屋を移動して、あれこれ片づけたいのにそれどころじゃなくひたすら横になっていた。熱も37.7度ぐらい。

昼から飲水許可が出る。急には飲めないのでおそるおそる、少しずつ飲む。吸い飲みが見つからなかったので、100均のストロー穴のついたコップを使っているのだが、寝ながら飲むのはやはり少し難しい。

夜、流動食を再開。流動食ってほぼ「液」なので、やっぱりあまりおいしくない訳なんだけど、でも「うれしい」んだよなあってしみじみした。ちなみに常食も流動食も同じ値段なのだけど、不満に思う人はいたりしないんだろうか。常食は控えめな味付けだけどちゃんと作ってある味がして、わたしは好きだ。野菜もたくさん食べられるし、一人暮らしだと作れない品数なのでありがたみがある。

夜ごはんを食べた後、ナースに10回連続ぐらいで「ガスは出た?」と聞かれる。おならのことなのだが。ちなみに院内は「ガス」派、「おなら」派に分かれる。

食べ物を身体の中に入れると、おなかが途端に動き出すのが面白い。また点滴で栄養素はとっているはずなのに、明らかに元気が出た感じがした。twitterに簡単に経過報告をしたら、たくさんの返事が来てとても嬉しかった。ありがとうございます。

起き上がると、脇腹から背中にかけて「ボコボコボコボコ…」と何かが体内で移動しているのが分かる。水分だろうか?そうか丸2日空っぽだったんだもんな。痛いような物珍しいような。

また患部のガーゼ交換も頻繁だった。傷口はステープラで留められていて、真ん中からチューブが出ている。消毒中にむき出しになった患部をじっと眺めているとナースが「わたしなら直視できないです」と苦笑いした。わたしは、この風景が自分の体に起きていることという実感がありません。チューブからは溜まった体液が染み出てくるのだそうだ。実際、血液ではない、少し赤っぽい液がたくさん出てくる。もちろん傷口は痛いのだが、チューブから出るから痛いということはない。ガーゼや腹帯でぐるぐる巻きにされているので、嚢腫を摘出してぺたんこになったはずのおなかはまるで妊婦のような見た目になっていた。

夜、ドクターがやってきた。「今日が一番しんどいです。明日には今日の半分になるはずです。」その言葉を信じて眠った。

 

 

1/27 Fri. 入院5日目 術後2日目

 

ほんとだ!昨日より全然楽だ!一人で洗顔もできるし着替えもできる。何ならベッド回りの片づけだってできるし、携帯をいじる気にもなれる。夕方にはPCも久しぶりに取り出した。熱を測ったら平熱に戻っていた。動けないには動けないなりの理由があるのだと理解した。

「八日目の蝉」を観た。永作さんすごくかわいい。でもやっぱり実母かわいそう。

昼に胸部レントゲンを撮りに行った。10月は5回ぐらいマイコプラズマ肺炎でレントゲン撮ったよな…と思って少し懐かしい気持ちに。レントゲン室の前の廊下で、同じ日に手術だった患者さんと会って少し話す。「大分具合よさそうね」と彼女は言い、自分はまだおなかの傷が痛くて辛い、という話をしていた。やはり腹腔鏡と開腹だと身体の負担が違うのだと思った。

食事は朝昼は流動食、夜から五分粥五分粥になると大分ご飯っぽくなってくる。胃が縮んだのか、いっぺんには食べきらず、休憩しながら食べるようになった。母が新しいパジャマを持ってきてくれた。ゆるふわファンシーなやつ。夜寝る前にボルタレン坐薬を入れてもらうようにしたら、すごく楽になった。また点滴がこの日で終わったので、すがすがしい気持ち。

寝ている間に盛大に寝言を言っていたようだ。どうしよう…。

 

 

1/28 Sat. 入院6日目 術後3日目

 

前日よりもまた身体が楽になっている気がする。入院生活のコツも掴めてきた。普段より手順が多い、制限やルールが多いのでなかなか飲みこめなかったが、慣れればどうってこともない。しかしお風呂に入れない生活が続いているので髪の毛が地獄のようになっている。

午前中、例のチューブを抜いてもらった。抜いているところを何気なく眺めていたら、チューブがどんどん伸びて…ってあれー!?何その長さ!!ゆうに30センチはあったであろう。「う、わー 長っ」と思わず言ったら先生が「あー見なきゃよかったね」って言って笑った。あんたどこにいたの、という気持ち。処置後、何重にもなっていたガーゼは一気に薄くなった。

腹帯という、傷口を保護する腹巻きのようなものを使っているのだけど、ガーゼで厚みがなくなりサイズが合わなくなったので、未使用の残り1つを交換してもらいに売店に行った。売店のおじさんは「未使用なんでサイズ交換を…」と差し出した腹帯の袋をびりびり破いて開け「名前書いちゃってない?看護婦さんがよく勝手に書いちゃったりしてるからさー…って大丈夫だね、いいよ」と交換に応じてくれた。ありがたいけどビリビリはいいのかな。

昼過ぎに彼氏が面会に来てくれた。病室で長話も何だし、と場所を変えて話した。母親以外の院外の人としばらく話してなかったので楽しかった。食事制限もなくなったことだし、ということでリクエストした和菓子も買ってきてもらったので、大事に食べようと思う。午後はその後メールの整理をしたり、この日記を書いて過ごした。

夜ごはんは十分粥にレベルアップ。お隣の方から和久傳の西湖のおすそわけがあってとてもうれしかった。わたしも退院までに何かお返ししないと。