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11/30 Wed.
朝起きたら左脇腹が痛かった。寝違えたんだろうか。身体もものすごくだるくて、ああ、辛いと思いながら会社に向かった。午前中いっぱいはずっとそんな調子で、朝一からコーラを飲んでしまった。身体の具合が悪い時ほどコーラを飲んでしまう。コーラを飲み始めると、依存性がいかんなく本気を出してきてしばらく飲み続けてしまう。

仕事は何だか効率が悪くて、気がついたら一日が終わっていた。

明日で産休に入ってしまう九州の同僚とやりとり。病気のこと話したら驚いていた。肺炎のことも話していなかったので、余計に。そういえば明日は上司と面談の日。何を言われるんだろう。。。

帰りしなコンビニで宅配便の受け取り。洗濯槽クリーナーのおすすめを教えてもらったのでさっそく買った。

帰ってから、大家さんに家賃。立ち話をして、楽しい気持ちになりながら階段を登って部屋に戻る。その後はひたすら料理を作った。でもなぜだかあまりおなかが空いていなくて、こういう日はチャンスなのでガーッと作る。唇を火傷したが、おいしいものが作れた。

今年は、できる時にできることを思い切りやろうの精神でいってるのだけど、元々の自分に性質にあっている気がする。

今日はホットカーペットの上に敷くラグが届いた。なかなかいい感じ。

お風呂に入りながら、わたしにはどのくらい卵巣が残るのかな、と思った。中を見てみないと、どのくらい残せるかはあまり分からないのだと言う。全摘にはならないと思うけれど、切除はするし片方は取ってしまうかもしれないから、しばらくはホルモンバランスの乱れに振り回されるんだろうなあ。嚢腫とPMSとの関連は分からないけど、そこらへんも長い目で見てすっきりしたらいいんだけど。

たとえば全摘したとして、子どもの産めない身体になったらどうなるんだろう。うまく、想像ができない。あなたの卵巣、残るの?なんてそんなことを聞いてきた人は身内でもさすがにいない。

今、真っ先に浮かぶのは「更年期障害が早くやってきてとてもつらそう」だった。子どもが産めないことに対する恐怖感・絶望感はあまりないような、気がする。わたしは今までに「ものすごく子どもが欲しい」と思ったことはない。小さな子どもと接する機会もほとんどなかった。正直どう接していいのかもわからないレベル。でも周りではどんどん結婚・妊娠・出産のイベントが起きていて、毎日のように妊婦さんや新生児との生活の情報に囲まれて生きているような気がする。だから以前よりかは興味があって、自分に子どもが生まれたらどうなるんだろうとぼんやり思うこともよくある。でも「欲しい」ではない。

そんな今の状態が、もし「産めない」となったらきっとガラリと変わってしまうのかもしれない。別にすごく欲しかった訳ではないはずなのに、猛烈に傷ついて打ちのめされるかもしれない。誰かを失望させ、また見知らぬ他人の言葉にいちいち傷ついたりするのかもしれない。そのぐらい、意志ではどうしようもないほど、暴力的なまでに女性としてのアイデンティティに関わることなのかもしれない。でも今はどうなるのか分からない。この手術までの日々でずっとわたしをそわそわさせるのはそこなんだろう。病気は何かを失うことにおびえることでもあるんだろう。

先生には「いいところを探して残しましょう」と言っていた。わたしの目を見て、少し説き伏せるようにゆっくりと告げた。わたしがこの「おびえ」と向き合って、やっつけるために、先生の言葉はよく覚えておきたい。

お風呂場ではまあ、そういうことを考えたりもする。

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 12/1 Thu.
朝から上司が大阪からやってきて個人面談、グループでのミーティングで一日が過ぎた。上司は離れたオフィスにいるので、面と向かって話をする機会があまりない。

ミーティングの後は豆乳を飲んだり、北海道のおみやげをもらってパクパク食べたり、なんだか食べすぎてずっとおなかが苦しかった。

帰って来てからは、こまごまとした家事をしてテレビを見ていたらあらもう23時…。夜になってまたさらに冷えて来た。

さぼっていた爪の手入れをした。乾かしつつのこの日記。

昨日届いたラグのにおいは気にならないレベルにまでになっていた。

先日エコーを受けた際に「嚢腫がこんなに大きくなっているので膀胱のスペースも少ないんですよね。もうこれでいっぱいですよ」と言われ、自分が頻尿であることをよく理解できたのだが、それ以来頻尿メーター的なものが自分の中にできてしまってトイレに行くたびにそのことを思い出す。膨らんだわたしのおなか。

 organのこのクスクスのサラダが恋しい。